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私の写真日記 Total:180 (180)

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材木岩にある巨岩で作った自然とマッチした公園

材木岩にある巨岩で作った自然とマッチした公園高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-23 12:49    
ヒット数1299   コメント数0    
この巨岩か有ったのかと思う程、大きいですね。水ははダムから流れて来る白石川の水を飲まれますが、保線衛生上濾過し流し、子供達がパンツ一つで水に浸かる事ができます。色々と考えた物ですね。
私夫妻も子供も、前三十年前に行ったら水、石と砂、川魚、ウド、ウルイ、水菜等自然に、材木岩公園で、古き良き時代の当時を想い出し、楽しみたいものですね。
自然を最っと大切にしたいものですね。
  願望  何時でも良き世界

心を広げ、ゆとりを持たせる阿武隈の菜の花

心を広げ、ゆとりを持たせる阿武隈の菜の花高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-23 9:21    
ヒット数1106   コメント数0    
今、考えて見るとワイフと一緒に写真を撮り始めてから、はや十五年興味を示さないワイフに写真機をやり、私の中古写真機だけでは、物足らないのか、新品の機械を買ってからは、今では私より良い写真を撮る様になり、この一枚が其の写真、私したらバックに蔵王連峰があればと思いますが、本人は白石の考え方を知らないので、返って無いほうが前面が洋々と広がり、安心感を持たせる一枚かも知れません。
私達も結婚してから四十五年、一緒の趣味を持ち、京都、岡山フルムーン旅行、オーストラリヤ、エジフト、熊野世界遺産メグリ、今度は盛岡の繋温泉に泊まり、小岩井牧場のどんと晴れの桜を撮る楽しみだったのに、敢え無くダーン、癌センター入院する羽目。
我が愛しき人へ悲しき通告、何時までも苦労かけますね。 我ながら慙愧の至り  残念 残念
我が愛しき者へ神のお加護あれ  アーメン

芸の故郷 碧水庵

芸の故郷 碧水庵高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-22 20:31    
ヒット数1041   コメント数0    
当地方に能舞台のある建造物 壁水庵通称古典芸能の館があり、能は勿論の事、踊は日本舞踊からフラダンス迄、謡、琴、横笛、三味線と各種の演芸が行われ、圧巻は館オープンとき野村太郎、現在野村万作と先代野村万作、現在の野村万野丞が多勢の弟子を連れて開催されました。現在も年二回程度は万作が来演しております。一度来白しては如何ですか。
元々この館の名付親は京都の大徳寺の了庵禅師との接点が当時の統括者の所為かも知れませんね。
又、諸般の関係で此処の能舞台で結婚式の挙げた第一号は私の長男で、其れも碧水庵の綺麗な節霧島躑躅の咲く節でもあり、披露宴では喜多流の謡の師範で宮城県で五本指に数えられる人で、毎度出るテッセンの君の旦那です。会社経営だけだと思っていたら人間は結構多芸なものですね。そのマダムもお花、茶道、等多芸でみ多趣味でもあると聞いております。似た物夫婦かも知れません。
改めて、長男と三男の結婚式の謡、誠に有難う御座いました。  今は 感動と感謝のみ

水と岩のバランス良い 材木岩公園

水と岩のバランス良い 材木岩公園高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-22 10:56    
ヒット数1384   コメント数0    
羽州街道の休み所であったのは、多分、虎岩の風穴洞があり、綺麗な流水が流れ、其の伏流水は通称「天やの水」と言いトコロ天のたれとところ天を冷やして、旅人に出し、夏越しする蚕の種をおいており、その風穴洞の風に当り元気よく旅して行ったそうです。
私が二十代頃まで材木岩売店があり、天やの水で作ったところ天を食べ、風穴洞で体を冷やし商売行ったものです。前の白石川には前にダムの様に成っていて、多分、発電所の水と、農業用水を堰堤を作ってあり、魚は上れず、岩魚、鮠、山女、おいかわ、河鹿等沢山
おり、手づかみでも取れました。
今に比べれば雲泥の差ですね。もっと自然を大切に
  何事もルールを守りましょう

徳富 蘇峰な名づけた小原の名所

徳富 蘇峰な名づけた小原の名所高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-22 10:11    
ヒット数1162   コメント数0    
百十三号白石市の旧市街地を抜け、十分掛かると碧玉渓に出る。其の周辺は草燃える頃、濃い緑の節、紅葉の節、何時行って、徳富蘆花が銘銘しただけ在って春夏秋冬シッターチャンスは沢山在る所で、撮る人のセンスの問題です。あなたも傑作なポトグラフィを。
話が変わりますが、私共男三兄弟は祖父場に昭和二十年代湯治連れて行かれ、其の頃は碧玉渓の標識在りませんし、道路幅は現在の半分、車が交差する時は道幅の広い所で待って居る状態でありました。其の時碧玉渓前で停車した時、向かいの山全部が二百町歩以上「テツセン」の君の旦那の持物と教えられ吃驚しました。
当時は、材木、薪炭、バター等値段が高価で学校の先生の初任給が三十円とき雑木山一町歩が五十万円位しており、その時祖父母に教えられたのが、常にはこまこまと生活し、単価は交渉範囲内値切れ、払う時は何戦単位まで払い、尻尾切るなそして約束は守れ、こつこつ貯めて大きく支払い。ましてや、山など十町歩単位で買え、其れが金を貯める基本と教えられたけれど今だ実行できない。
でも、テッセンの君のハズバントできている。それを考えると今は、反省 反省の一言のみ

相思相愛の花 バラ

相思相愛の花 バラ高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-21 8:31    
ヒット数1401   コメント数0    
近所の知人が、此の頃体の不調ですが、夫婦二人で田のに二町歩位と畑を作っており、其の外に沢山珍しい野草を植えておりますが、偶々バラの花があり、是は奥様が植えたものなのでパチリと一枚。
知人は旦那は小原の明戸から入婿、今の病気はリンパ線、奥様は旧家の新宅で本屋に勤めていたが最近糖尿病、こちらはワイフはベージット氏病、私は骨髄無形成症候群と言う血液の癌、四十日たっても結果が出ず。是より三週間の無菌室に入室、果しては如何ですかね
今、考えているのは人間の威厳保つ尊厳死、即身生仏又は現世の因縁で、生涯尽くしてくれた感謝の念、子と子の家族に愛を、近友人には寛容の心に対しもう一度挑戦し日を見る願望もあり、心は二分されている。ワイフし相談し良い道を選ぶ積りだ。
二組の夫婦は病気でバラの花言葉の様に「相思相愛」様に成りたくない。   合掌

千年前より残る天満宮

千年前より残る天満宮高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-21 6:48    
ヒット数1201   コメント数0    
この写真は白石市の五十週祈念事業して、後百年後迄も残したい百選の一枚です。一回は私のプラグに乗せましたが、昔自分の三代前までは、この天満宮の門徒でこの付近住んでおり、春田植祭り、秋には収穫祭、冬は元朝参り等春夏秋冬祭りで信者で一杯で、当時を思い出せるのは鐘堂と住職の愚舎と門袋に五十人以上飲食する場所がニケ所も在りました、
私の写真を見た人は、現在仙台に住んでいるそうですが、先日お参り行った時八幡太郎が今より千年前建し、十一面観音が壊れてつつあり、その上今は、過疎の進み信徒の数も少なく、存亡の時であると思いに言う思いに附け、自分多少の金額は持つ積りですが゜大平区民対し及び白石市民皆様と行政に声をかけ、改修をと言う願望の手紙でした。
千年前の白石市の遺産残したいですね。
皆様も   協力  協力 願望聞くのも一興

孤高の花向日葵

孤高の花向日葵高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-20 8:40    
ヒット数1339   コメント数0    
私が勝手尿管結石で仙台徳州会病院に入院した時、仲々結石がとれず、電磁破を撃つ事五回その後如何しょうか、途方に暮れて仙山線の線路脇をとぼとぼと歩いているとこの写真の向日葵二本だけが力強く立っており、「太陽に向かって立つ」の向日葵の心が判り、力付けられ写真を一枚パチリ。  感激  感激
この事情知っているか、知らないのか、偶然がそうさせたのか、このプラグに長男が向日葵の写真を電送、
耐病生活している私に対して、何とか打ち勝って、早く帰ったてくれと言う、愛のメッセィージと思い頑張って克服する事を宣言します。
  家族 知人 に乾杯

桜の蜜を食べるヒヨドリ

桜の蜜を食べるヒヨドリ高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-19 20:26    
ヒット数1271   コメント数0    
終戦より昭和五十年前半迄は日本の野鳥に対してはフリーハンドで、かなりの人は野鳥が好きなので、鳥餅霞網で野鳥を飼っており、昭和二十年代は当地方に多数のトリコ山があり、囮の鳥を置き、霞網で野鳥を取り、それを焼き鳥やに売るのを生業としていた人も沢山おり、私なんかは、その焼き鳥を魚にして痛飲したものです。
ましてや、ヒヨドリなんて、沢山おり、体が大きく焼き鳥にもならず、飼う気なれず、今日この頃とは雲泥の差でかね。自然を大切にという事て゛しょうか。
手遅れに成らない為にも、何事も早く手を打つべきものですね。後悔先に立たず、皆様も気を附けましょう

内堀の土手で魚を狙う翡翠

内堀の土手で魚を狙う翡翠高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-19 8:53    
ヒット数1264   コメント数0    
白石城竪堀で萩の花を撮っていたら、偶然にも翡翠が魚を狙っている所をパチリと一枚、翡翠がおると事は白石市が下水道の工事が旧白石町は完成に近づいているから、水が綺麗になり魚群が多くなった証拠です。
白石城の内堀は、前にも述べたとおり、竪堀と言い内堀の外生活灌漑用水と旧白石町の堀は綺麗な水が満々とながれ、農業用水としては大平の坂谷まで旧迂白石町、福岡、郡山区と多方面に亙って、生活用水、灌漑用水として利用されており、私が幼少の頃は堀で洗米、洗濯を使用しておりました。
白石川より水を引いているのですが、白石川は暴れ川の為水の引口が中々とれず、今より三百年前、片平観平親子が三十年も罹って作ったそうです。ごく最近まで其の水口は利用されておりました。
片平観平の碑は白石城の神明社の入口にあります。
先人対し  感謝  感謝 

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