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白石市の天気予報
白石の天気予報
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曇り 時々 雪

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もう一度心の花を咲かせたい

もう一度心の花を咲かせたい高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-7-24 7:03    
ヒット数13618   コメント数0    
この水仙は白石城の片隅に一厘だけ咲いており其れも半分欠けたようなな花でだれが見て単なる水仙かもとしか見ないがも、現在の私にとりまして方は変形で容姿の可笑しい処が可愛くて成らない。同病同病哀れみ伝わるかも知れない。
今現在癌センターの集中室におりますが、毎日の闘病






267.JPG

267.JPG高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-7-22 12:15    
ヒット数3801   コメント数0    

空を白鳥の羽の様に

空を白鳥の羽の様に高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-7-21 14:19    
ヒット数4238   コメント数0    
昨年12月体調が優れなく気分転換にと白鳥を撮りに馬牛沼に上手い白鳥の団隊飛行に当り、夫婦でチャンスはこの時とパチリと一枚、この四羽絡まるのは中々撮れない、是はワイフ傑作と信じられる。
癌センターに5月11日入院して最初抗癌剤打つ、七五台の為体力が年齢より若く効果なし、次に七十台の抗癌剤を打つ効果なし、もう一回抗癌剤するが体力が上で効果なし、この間使用日六〇日 その後五0代の抗癌剤の適用無菌室に入る、六月二一日無菌室に新しい抗癌剤を地獄の苦しみ体温四五度血圧一八〇足の筋肉衰えて歩く事不可能、早く歩きたい
   治癒  願望  希望

春霞 蔵王連峰と悠々たる白石川

春霞 蔵王連峰と悠々たる白石川高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-7-16 9:04    
ヒット数4449   コメント数0    
白石市白川渡る歩行専用道路素晴らしい一幅の墨絵の様な処拝見、そひでパチリと一枚。
その時昔懐かしいモッパあり、それも四台今では作る人は少なく為っているから相当な金額とおもわれます
この人物は白川に金型、IC。ハイテク、等の研究と会社経営と趣味は川魚採り、ゴルフはです
その頃、私の所に発明家(詐欺師)がおり品田研究所と名乗り自分の発明品とある商品を持ってきました。その商品の生産を協力してくれとお願いに行った所直ぐに会ってくれことに、ところが翌日品田を会わせた所、この男は計画性、将来性等がなく人の研究葉を齧って居る物で、人の屑と云われて九年前でした。
その時、手を切れば私の治療費の壱千四百八拾万円を早く返済してくれ。あんなに世話に成ったのに貴方の返事は人間の屑の様な方法ですね。
    天罰あれ

過去を想い出させる青い八重桜(鬱金桜)

過去を想い出させる青い八重桜(鬱金桜)高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-29 17:42    
ヒット数4134   コメント数0    
宮城県癌センターに入院する時、けさのさんの女婿が私の中央SS来て、俺の側に来て云うには「婆さんが血を噴いて倒れた、婆さんに、せめて、私が何時も知人依り貰って、けさのさんに呉れていた筍」を呉れと云われ、可哀想と思い、友人宅に当社職員を行かせ、筍を貰い、呉れてやりました。
人の感情も理解せず、不遜な男と想いましたが。けさよさんは、私の両親は学校の先生、祖父母は商売熱心、私が産まれた時は多忙で手が回らず、祖父の先妻(本当の祖母)に引取られ、国民学校に入学する迄預けられ、託児園に通いました時、食減らし為、祖母宅に奉公し、私を毎日託児園連れて行ったそうです。
けさよさん事は15年程前迄知りませんでしたが、一寸した関係で短ケ町の自治会長に教えられ、その後は親しくおりましたが、私入院中亡くなったと聞きました、此の写真はけさのさん生家の近くにある大網小学校 樹齢60年の鬱金桜です
   合掌  合掌

豊富な清流が巨大な岩を越えて往く豪快さ

豊富な清流が巨大な岩を越えて往く豪快さ高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-29 5:53    
ヒット数2671   コメント数0    
滑津の大滝は、今は道の駅があり、簡単に滑津の大滝にいかれますが、勝手は滑津の宿の地蔵様依り登り、上の大きい草鞋を収めているいる、道祖神様から下りてきました。昭和32年頃山形のかえりに、
帰一寸一休みして居ると、近くの少年が手製の釣竿、ふごを持ち百匹以上の岩魚、山女、河鹿等を釣り上げいたのにはは、驚天吃驚、その後魚取りも飽きて、滑津の大滝の滝下り、私も見習ってフルチン儘一緒。
終日野たり、のたりかな。この満足感を味うには、自分の全智、全能を賭けて回復賭ける事を宣言した。
   頑張  頑張 俺自身

復元した茅葺の水車小屋

復元した茅葺の水車小屋高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-28 16:21    
ヒット数3143   コメント数0    
旧白石町に残る数少ない茅葺の水車小屋で、終戦前まで使用したと云われ、ごく最近現在の当主が復元と言うよりは、現在迄使用しなかった建築物を宣伝と観光の為再利用、お陰で先客万来。店舗は当主の目的で、白石城の壁と同じ白壁、一応は土蔵作り模様(内装はインテリジェントビル)、何と無く郷愁を感じられる。
この店舗に行くと旧白石城主の子孫、片倉信光氏の多くの書と白石城の図面があり、尋ねたら400年以上も続く家系で、片倉家の祐筆あったとの事でした。
廃藩置県後、片倉家臣の生活を守る為、北海道と白石を行き来してたそうですが、白石の地に家臣の世話をした当主の曽祖父が始めて機械で製粉し、温麺を製造、販売したとの事でした。其れが明治30年この会社の創業と成る。又名門故、祖父は旧白石町の収入役でした事を我々年代ではよく知られている。
考えれば、戦に負けるのは大変ですね。 常に勝者になるのを、マイサンに望む。  願望

花の美を失わせる鷽(うそ)

花の美を失わせる鷽(うそ)高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-27 11:15    
ヒット数2419   コメント数0    
私は結婚して、七年子供に恵まれず、長男は8年目35歳の子で、其れから2年度、39歳まで三人の子息が恵まれたと云う事は、前述したプログで書いております。その当時は新設したSSと2番目白石ICSSの開設、そし上白石SSは昭和47年度エネルーギー長官賞を仙南地方では、一番早く受賞し、数量は常に昭和石油2500ケ所のベスト10以内に入賞し、販売数量は現在の4倍、オイルも月5K初年度から黒字、当然無借金経営、今では到底考えられません。当然家庭も省みる事無く、生きる為に、東奔西走していたのですから。
当時、私は子息が恵まれず、子供好きなのに寂しいのと、生物が好きで、野鳥を沢山飼育しており、その中一匹が鷽で、この鳥は春先に群がって花を食べ、特に梅、桜の花を食べるので、今年は何処の桜も綺麗でないでしょう。和歌山県吉野の桜そうでした。
過保護すると、おかしな様相を呈する可能性が大で、
自然保護も或程度と思う時もしばしばある。

自分の縄張りを宣言する頬白

自分の縄張りを宣言する頬白高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-27 7:33    
ヒット数2423   コメント数0    
日本に住む宿鳥でずが、通常は明るい茂み、草地に住み、春の節になると潅木や小岩の上で大きな声で冴えずる。(自分の縄張りを宣言するすること)動物、植物は自分の子孫を残す事に全精力集中する。
君も長男として生まれ、現在別な道に行きかったかも知れませんが、俺の後継者の道を選んでくれた事に対し感謝すると共に意味深な事もあるが。
何時の時代もそうですが、格差は必ず出、金の絡まる友は友でわは無い、其れはお前を利用する狼、特に現在人々は自分事のみ主張、自戒の道を知らない。金は常に倹約し大きく使うのが吝の本懐
「是が財をなす鉄則}。経営者は孤独、自分は自戒、他人には敢て寛容、ゴーイングマイウェイ、頑張れ  フレー フレー マイサン
各種の事述べたが、大体俺が実行出来なかった事ですが、その通り実行すればお前の世界はひらける。
   反面教師の一人語と   広く世界を見よ

元気附けてくれる軽鴨親子

元気附けてくれる軽鴨親子高ヒット
投稿者haruoharuo さんの画像をもっと!    カテゴリー私の写真日記    前回更新2007-6-26 12:05    
ヒット数2516   コメント数0    
私は今迄三回引越しをしており、最初は生家の毅砲良屋、2回目は3LDKの一戸建ての家、其れから100メートル行くと旧い邸宅があり、邸宅は哀れであるが、庭と云うよりも庭園があり木樹に囲まれた所に竪堀から水を引き、錦鯉を飼っている、偶々私が通った時軽鴨親子が泳いでいたのでソレ パチリ
軽鴨親子と錦鯉、鬱蒼たる木樹の緑、湧水の様な澄んだ水、これは一幅の絵とになり、心に安堵感を持たせられる。
私も闘病生活55日、ワイフ始め家族一同、担当病院の関係者、友人等大いに励ましてくれるが、持って生まれた業か、蒼々感の中で尊厳死も在るのではと想う時もある
でも、池で泳いでいる軽鴨親子の姿を見ると、もう一回可能性を信じ、挑戦する力が与えられる。
四月二十八日 午前四時 心の向く儘に、

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